長岡城

(牧野柏)

牧野氏
所在地 新潟県長岡市
遺構残存度
築城者 堀直竒
築城年 元和2年(1616)
別 名 苧引形兜城(おひきがたかぶとじょう)



長岡城二の丸跡に建つ「長岡城跡」の碑 長岡市東郊、悠久山にたつ長岡郷土資料館


 長岡城は元和2年(1616)、堀直竒(ほり なおより)により築城されましたが、その2年後に入った牧野忠成によって引き継がれ完成しました。
 以後、牧野氏によって治められました。
 牧野氏は徳川譜代大名として、歴代の藩主は幕府中枢の老中、若年寄の要職をつとめました。

 幕末、戊辰戦争最大の激戦となった北越戦争の舞台となり長岡城は2度落城。長岡の町は灰燼に帰しました。
 その後長岡城本丸跡には長岡駅が建ち、城跡の面影を残すものは現在何もありません。わずかに二の丸跡にある「長岡城跡」の石碑が所在を伝えるのみで、ここまで破壊された城も珍しいです。

 なお、長岡市東郊、悠久山にある長岡郷土資料館は長岡城の「お三階櫓」をモチーフにつくられたそうです。



戊辰戦争最大の激戦、北越戦争は慶応4年5月から8月まで、3ヶ月間行われました。
長岡藩家老、河井継之助を中心に奥羽越列藩同盟は新政府軍と対峙し、新政府軍を苦しめました。
結果的には新政府軍の物量の前に屈しますが、その間に河井は負傷し(その後戦病死)、長岡城は2度落城、長岡の町は灰燼に帰します。
写真は、ガトリング砲(機関銃の前身)を自ら撃つ河井継之助(NHK『花神』より)



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