浜松城

(三つ葉葵)

徳川氏
所在地 静岡県浜松市
遺構残存度 ☆☆☆
築城者 徳川家康
築城年 元亀元年(1570)
別 名 曳馬城



 今川義元が桶狭間の合戦で戦死したことを受けて、独立した徳川家康は遠江を攻略し、その本拠地を、曳馬(ひくま)に移し、曳馬城を改修して浜松城に改めました。
 家康は、29歳から17年間、この城を居城としました。その間、三方が原の合戦、長男信康の処分するなど、家康にとって最も試練を迫られた時代をこの城で過ごしました。

 江戸時代になると、徳川譜代大名が城主となり、その城主は幕閣の要職についたことから、浜松城主は幕閣への登竜門と言われ、「出世城」と言われました。
 なかでも、水野忠邦は老中になりたいがために、実質20万石あった唐津城主の地位を捨て6万石の浜松城主に自ら望んでなったことは有名です。



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