富山城

(前田梅鉢)

前田氏
所在地 富山県富山市
遺構残存度 ☆☆☆
築城者 佐々成政
築城年 天正9年(1581)頃
別 名 安住城 浮城



 富山城はもともと、越中の大名、神保氏の家臣、水越勝重が天文12年(1543)に築いたのが始まりとされています。
 
 天正9年(1581)、織田信長は越中の国を家臣の佐々成政にあたえ、成政は富山城を巨城に定めて、大拡張をおこない、近世城郭として整備しました。
 北と西は神通川を天然の堀とし、東を流れるイタチ川まで拡張しました。

 信長の死後、成政は豊臣秀吉と対立。秀吉は大軍を率いて富山に攻め込み成政は降伏します。その後天正15年(1587)成政は肥後の国に移され、越中は加賀前田家の所領になりました。
 その後、前田利長の隠居城にもなりましたが、寛永16年(1639)、加賀藩3代藩主、前田利常の次男前田利次は分家して10万石の当主として入城。以後、富山藩は前田家の分家として13代232年間、明治になるまで続きました。

 前田家入城以後、大規模な改修工事が置かれましたが、度重なる火災にあい焼失。明治維新直前には創建時の建物はほとんど残っていなかったといわれています。

 明治18年(1885)、富山県庁が置かれましたが、昭和5年に焼失。その後、城址公園になりました。
 
 昭和29年、城址公園を中心に富山産業大博覧会が開かれ、それにあわせて旧鉄門後に、犬山城や、松本城をモデルにして慶長様式の3層4階の天守閣が作られました。現在は歴史博物館になっています。



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