龍岡城

(蔦)

松平(大給)氏
所在地 長野県南佐久郡臼井町
遺構残存度 ☆☆☆
築城者 松平乗謨 (大給恒)
築城年 元治元年(1864)
別 名 五稜郭




龍岡城大手門跡



上空の龍岡城と見取り図(パンフレットより)

 「五稜郭」というと函館の五稜郭を思い浮かべる人がほとんどだと思うのですが、実はもう一つ「五稜郭」が存在しました。
 それが、長野県臼田町にある龍岡城です。もっとも城というより陣屋と言ったほうがふさわしい大きさですが。
 
 築城者の大給松平家、最後の当主、松平乗謨(のりかた)は近代軍学に興味を持ち自ら火砲、築城術を学びました。時はあたかもペリー来航以来外国船が出没し、国防の議論が盛んな頃でした。

 文久3年(1863)、大番頭登用に伴い、従来の本領三河4千石から信州田野口1万2千石への移転を申請し、あわせて新陣屋五稜郭の建設を幕府に願い出ました。
 幕府の許可がおりると翌年元治元年より着工しました。

 周囲に堀をめぐらせ、石垣を築きましたが、実際は堀は一部未完成のままでした。

 明治になると廃城令にともない、御殿の一部「お台所」を除いて破却されましたが、敷地は小学校となり現在にいたっています。

 現在訪れると遺構などよく残っていますが全体的に小さいという実感は免れません。また、見学の際には敷地は小学校なのであやしい行動は控えましょう。(笑)

松平乗謨(大給恒)

松平乗謨は維新後、大給恒と名を改め、佐野常民とともに赤十字社の設立に尽力しました。また勲章を日本に導入したのも彼でした。五稜郭といい勲章といいかなりハイカラ好きな洋風趣味な殿様だったようです。



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