山本慈昭 (1902〜1990)





銅像のある場所   長野県下伊那郡阿智村 長岳寺

 武田信玄が終焉したといわれる阿智村の長岳寺。
 このお寺は「中国残留孤児の父」といわれる山本慈昭が住職したお寺です。

 山本慈昭は昭和20年5月、最後の満蒙開拓団の教員として満州に赴きましたが、終戦の混乱のなか山本はシベリアに抑留され妻と2人の娘は極寒の満州で亡くなりました。
 昭和44年、中国で死んだと思われた娘が中国人に預けられた事を知り、生存を信じてただ一人中国に残された娘を探し始めました。

 山本の周りには同じ思いの人々が集まり「日中友好手をつなぐ会」を発足。しかし、当時中国は文化大革命の真っ最中のため孤児たちと連絡を取り合うこともできませんでした。
 しかし、会のメンバーは執念で日本と中国という2つの国を動かし、「中国残留孤児」の身元捜しという1大プロジェクトの発足へと導きました。



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