上杉三郎景虎 (?〜1579)





銅像のある場所 新潟県新井市 勝福寺

 上杉三郎景虎はもともと小田原の北条氏康の7男(一説に氏秀と名乗ったという)。
 上杉謙信の養子に迎えられ、謙信の若年期の名前「景虎」を与えられ、名乗りました。

 謙信死後、同じ謙信の養子であった上杉景勝と後継の座を巡って争い、家中を2つに割った戦い(御館の乱)になりました。
 当初、景虎が有利でしたが、武田勝頼の支援を取り付けた景勝が盛り返し、しだいに景虎は追い詰められ、最期は鮫ヶ尾城で自害いたしました。



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