武田 勝頼 (1546〜1582)





銅像のある場所   山梨県東山梨郡 大和村 大和中学校前

 相撲の行司ではありません。(笑)
 武田勝頼です。

 武田家の軍学を著した「甲陽軍艦」に、家を滅ぼす大将として、「馬鹿な大将」「臆病な大将」「利口過ぎる大将」「強すぎる大将」と言うのが載っています。その中の「強すぎる大将」の典型が武田勝頼だと言っています。(因みに「馬鹿な大将」が今川氏真、「臆病な大将」が上杉憲政、「利口過ぎる大将」が武田義信をそれぞれの典型としてあげています)
 武田勝頼は、武田家を滅ぼした人物ということで評価がいまいちですが、その根底には「甲陽軍艦」の勝頼評が根幹にあるのではないかと思います。
武田家滅亡の原因は、私は信玄の急死による勝頼後継体制が確立できなかったことと、時代の趨勢が織田信長を中心に展開していたことにあると思います。(詳細は日本史人物伝「武田勝頼」をご参照ください)
 武田勝頼の事跡の内容をみると決して「凡将」とか「愚将」といった評価は当てはまりません。むしろ、彼の資質を超えた面での様々な事象が武田滅亡の原因なのではないでしょうか。



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