柴田勝家 (1522〜1583)





銅像のある場所  福井県福井市  柴田神社(北の庄城跡)

 柴田勝家。修理亮。通称権六。

 織田信長の重臣。勇猛果敢な武将として知られています。
 勝家がある城に篭城中、渇攻めにあい飲み水に困りました。
 最早これまでと覚悟した勝家は、最後に残った大きな甕の飲み水を十分に城兵に飲ませたあと甕を自ら叩き割り、門を開いて全軍突撃。敵軍を打ち破りました。
このことから「甕割柴田」と異名をとりました。

 越前平定後、北の庄に城を築き、北陸攻略の司令官として経営に当たりましたが、越後の上杉景勝と合戦中に本能寺の変が起きたため、動くことができず秀吉に遅れをとりました。

 信長の後継者を巡って秀吉と対立。ついに近江賎ヶ岳で激突しましたが、敗北。秀吉に攻められて北の庄城にて妻、お市の方とともに自害してはてました。
 辞世の句「夏の夜の夢路はかなき跡の名を 雲井にあげよ山ほととぎす」

 墓は、福井市内西光寺にあります。



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