太田道灌 (1432〜1486)



銅像のある場所   埼玉県川越市 川越市役所 神奈川県伊勢原市 伊勢原市役所

    

 太田道灌。扇ガ谷上杉家に仕えた名将。江戸城や川越城を築き、文学芸能に秀でた文武両道の武将でした。

 太田道灌と言えばこの逸話、「山吹の里」。
 あるとき、道灌が鷹狩の途中にわか雨にあう。近くの農家で蓑を貸してくれるように頼んだところ、農家の若い女は黙って一輪の山吹の花をくれた。
 道灌はその不親切に立腹したが、城に帰ってその話を家臣にすると、歌道に明るい家臣が、それは彼女が「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだに無きぞ悲しき」という『後拾遺集』にある兼明親王の古歌に託して実の(蓑)1つだになき貧しさを訴えた物であることを説明した。
 その説明を聞いた道灌は「おれは歌道に暗い」と恥じ、歌道に精進したと云われています。

 太田道灌は武将としても活躍し、主家扇ガ谷上杉家のため関東の平野を駆け巡りました。そのため、扇ガ谷上杉家は、関東管領山内上杉家を凌ぎました。
 しかし、主君の扇ガ谷上杉定正は山内上杉顕定の「道灌が謀反を企んでいる」という言葉を信じ館に道灌を招いて暗殺しました。

 道灌は死の直前「当方滅亡!!」と叫んだといわれています。これは「扇ガ谷上杉もこれまで」との意味ですが、道灌亡き後、両上杉家は戦いを重ね結局は新興勢力の北条氏の前に滅びました。


○太田道灌の墓(伊勢原市)

 太田道灌の墓は彼が殺された上杉館のあった伊勢原市にあります。



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