新田義貞 (1301〜1338)





銅像のある場所 群馬県新田郡尾島町 東毛資料館








銅像のある場所  群馬県太田市 太田駅前

 「七里が浜の磯づたい 稲村ヶ崎 名将の 剣投ぜし古戦場」
 唱歌『鎌倉』に歌われた「名将」新田義貞です。

 新田義貞が鎌倉幕府を滅ぼすため鎌倉を攻めましたが、難所の稲村ヶ崎を越すことが出来ませんでした。
 そこで義貞は海神に黄金造りの名剣を奉げて潮を引かせたというエピソードがあります。
 潮の引いた稲村ヶ崎を通って新田軍は鎌倉に攻め込み、北条氏を滅ぼしました。

 実際、新田義貞は「名将」だったのか「凡将」だったのかよくわかりません。
 結局、ライバル足利尊氏には勝つことが出来ず、負けっぱなしでした。
 後醍醐天皇に対しては「忠臣」でしたが、その後醍醐天皇には最終的には切り捨てられ、越前で戦死するし、ある意味、気の毒な人物です。



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