井上馨 (1835〜1915)





銅像のある場所 静岡県静岡市 興津 清見潟公園

 明治の元勲の一人、井上馨(いのうえ かおる)。
 井上は長州藩に生まれ、一時、志道家に養子に入りました。
 幼い頃から長州藩主、毛利敬親に気に入られ、なんでも敬親に質問することから、「聞くことが多い奴」と言う意味で「聞多(もんた)」という名前が与えられました。
 時に、幕末動乱。高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文らと尊皇攘夷運動に参加。品川にあったイギリス公使館を焼き討ちにします。
 しかし、翌年ひそかに藩命によりイギリス留学。しかしイギリスについた直後、長州藩が外国と戦争を始めた事を知り急ぎ帰国します。
 帰国後、開国論を唱えたため、攘夷派から変節者、売国奴として付け狙われ、ついに襲撃され、瀕死の重傷を負いますが奇跡的に一命を取り留めました。
 以後、高杉らとともに活躍しました。
 明治になると、新政府の中心人物として活躍。外交、財政の実権を握りました。
 しかし、西郷隆盛から「三井の番頭さん」とからかわれるほど三井財閥との関係を密に持ち、つねに灰色高官としてのウワサが絶えなかったのも事実です。

 明治の元勲として隠然たる影響力を発揮しながら大正5年、興津の別邸にて死去しました。



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