橋本左内 (1834〜1859)





銅像のある場所  福井県福井市 左内公園

 福井藩士。号は景岳。
 藩医の家に生まれた、橋本左内は大坂の適塾に入門し、蘭医緒方洪庵のもとで学びました。
 嘉永5年、家督を相続し種痘、外科手術に手腕を発揮。また、その知識と才能を認められて、藩主松平春嶽に登用され、側近になりました。
 側近となった左内は藩政に従事し、また藩主春嶽の政治活動を助けました。

 松平春嶽の幕政改革運動を受けて、公武合体、雄藩連合を唱え雄藩間、幕閣と交渉しました。
 特に、将軍継嗣問題では一橋慶喜を推しました。
 しかし、慶喜の将軍継嗣に失敗すると、井伊直弼の安政の大獄により藩主春嶽は隠居に追い込まれ、実質的な政治行動を行った左内は死罪となりました。



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