絵 島 (1681〜1741)





銅像のある場所   長野県上伊那郡高遠町 蓮華寺

 絵島は7代将軍家継の生母、月光院につかえた、大奥大年寄。
 
 正徳4年(1714)1月、月光院の代参として増上寺と寛永寺を参詣。その帰りに、かねてからヒイキにしていた歌舞伎役者生島新五郎の芝居見物に立ち寄りました。
 そのため、絵島の江戸城の帰城が門限を過ぎたのですが、そのことが咎められ、絵島は信州高遠に流罪となりました。
 罪状は、大奥大年寄の重職にありながら、遊興にふけり、役者との色恋に溺れ、大奥の風紀を乱したというもの。

 絵島は高遠にあって質素な生活を送り、寛保元年(1741)4月10日、大奥を去って27年、61歳の生涯を閉じました。墓は高遠の蓮華寺にあります。

 この絵島事件の背景には幕閣の政権争いがあったらしく、絵島はその犠牲になったようです。






● 絵島の墓

 絵島の墓は高遠の日蓮宗、蓮華寺にあります。
 生前、日蓮宗に帰依していた絵島は、自分の身柄は日蓮宗の寺に葬ってほしいと言い残していました。
 絵島の墓は、絵島の死後訪れる人も無く忘れ去られていましたが、大正5年、文豪田山花袋によって発見されました。



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