栗林忠道 (1890〜1945)


長野県 長野市松代町明徳寺

 栗林忠道は陸軍軍人。戦死後大将。
 陸軍部内では珍しく知米派で、日米開戦には反対したと言われています。

 1945年(昭和20年)硫黄島の攻防が始まると、守備兵二万を率いて米軍七万五千を迎え撃ちました。
 攻防は熾烈を極め、米軍に二万六千もの損害を与えました。これは太平洋戦争全般を通して米軍の死傷者が日本軍の死傷者を上回った戦いでした。
 栗林中将は熾烈かつ絶望的な戦況の中で作戦を指揮し、最期は大本営に決別の電報を送り自害しました。



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